2008年06月24日

意識の変革について

《気付きと悟り》

一昔前、『気付きのセミナー』と言うのが流行った事があった。
時期で言うと20年以上になると思うので、恐らくまたそう言う類のセミナーのようなものが流行ってくるかも知れない。

ところで案外知られていないのが、気付きと悟りについてである。

要するに悟りと気付きは同じ意味を持つものである。

こう言うと「それは違う」と言う人がいるかも知れないが、しかし屁理屈はどうでも、両者は極端に言えば同じものである。

但し気付きの中には大きな気付きもあれば、小さな気付きもある。

例えば学生時代にどうしても解けなかった数学の問題が、 何度かリトライを繰り返しているうちにハット解けた経験を持つ人も多いだろうが、これも一つの気付きであり悟りでもある。

また仕事上の大きな問題を抱えていて、長期間悩んでいるときあるきっかけでふと打開策を得られた時、これも気付きであり悟りである。

当然数学の問題が解けるのと、仕事上の大きな問題が解決出来るのとはスケールが違うから、 この二つの気付きは小さな気付きと大きな気付きとの差がある、と言う事になる。

《気付きは蓄積される》

色々な人の中には、同じ過ち(失敗?)を繰り返しながら生きている人がいる。

しかし失敗から学べる事も沢山あるので、失敗と言うのは人生にとって有意義な結果につながる事も多い。

世の中には一見失敗と思われる事から悟り、それが糧となって成功につながった経験を持つ人は多い。

また失敗するしないに関わらず、小さな悟りが積み重なる事で大きな悟りを得る人も多い。

実際人生の多くの場面では、突然雷鳴に打たれるような大きな悟りを得られると言う事は殆ど無いだろう。
もちろん無いとは言い切れないから、それは個人個人の人生に委ねるとしよう。

しかし多くの場合は、一見些細な気付きや悟りがあって、それが積み重なる事で自分の意識に変化をもたらしていく。

これは私の子供が小さいときの話だが、当時幼稚園くらいだった下の子に自転車の乗り方を教えていたときの事である。
何度も何度も失敗しながら自転車の練習をしていたその子が、突然後ろを持たなくても自転車が自分で乗れるようになった。
それを見ていた二つ上の子が突然「人間はある日突然出来るようになるんやな〜」と言い出した。

今まで何度も何度もこけたり、泣いたりして全く乗れなかった下の子が、突然自力で乗れるようになったのを見て、 まさにそう言う風に写ったのだろう。

しかし実際は練習を繰り返し、転倒を繰り返した体験の積み重ねが、ある時忽然と自力で乗れると言う境地に導いてくれたのである。

《意識の変革について》

これは人間の意識の変革にも結び付けて考える事が出来る。

要するに小さな気付きや悟りが積み重なってくると、ある時本当に些細な事がきっかけとなって、大きな意識の変革(大きな悟り) がやって来る事がある。

この小さな気付きや悟りには、先ほども述べた失敗などの全ての体験が含まれているのである。

気付くか気付かないかはその人の心がけと心構え次第。

常に自己の向上を心がけている人は、自分にとって善い事も悪い事も分け隔てなく、自分や自分の周りに起こった出来事を受け入れ、 それを糧とするだろう。

しかしご都合主義の人は、自分の尺度だけで物事の良否を決めて、都合の良い事だけを受け入れようとする。

また否定的な感情の持ち主は、自分に起こった否定的な出来事に囚われて、常にそう言う出来事を恐れ、 そしてそう言う出来事を自分自身に引き寄せる。

実は善い事悪い事と言うのは見方だけの問題で、どう捕らえるかはその人次第なのである。

ご都合主義で生きるか、否定的な感情に支配されて生きるか、それとも森羅万象の全てをわが糧として生きるかはその人次第であるが、 私は最後の行き方を選んでいるし、またそう言う人達と共に生きて生きたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年06月09日

自信とパワー-2

《生きる事の裏づけとなるもの》

私達が生きて行くと言う事は一体どういうことなのだろうか?

例えば先日東京秋葉原で起こった無差別殺人の犯人となった人物など、ああ言う人生の結末に至るまで、 一体どのような人生を送ってきたのだろうか?

もし彼に漠然とでも『生きがい』と言ったものあればが、恐らくあんな事件を起こさなかったのではないだろうか。
恐らく彼にとって彼の存在自体が価値の無いものだったに違いない。

確かに『生きることの意味』や『生きていく事の裏づけ』と言ったものは、全ての人が明確に持っている訳ではないと思う。

私は常に「ハイパーレイキは単なるヒーリングや治療の手段では無い」と言い、また「ハイパーレイキは自助と自立と自立を助ける道具である」 と明言しているが、このハイパーレイキが自助、自立の手段として活用できる為には、 そこに自分が生きる事の裏づけとなる明確な目標や目的が無くてはならない。

そして今、現在、明確な目標、目的が無ければそれを見出す事が目標となる。

人それぞれに生き方が違うから、一概に目標、目的の質や内容を論ずる事は難しいが、建前の立派さはさておき、 本音の部分では単なる金儲けだけを目的として、金さえ儲かれば、金持ちになれるのだったら何だってやるぞ、と言う事を目標にする人と、 自分の仕事や存在を通して少しでも人や社会の為に貢献しよう、と願う人では当然生き方のクォリティに大きな違いがあろう。

それでもただただ、その日暮らしで生きる事に追われて無目的な一日を終えるのと、 少しでも目的や目標に向かっての一日を終えるのとでは大きな違いがある事だろう。

私が考える自信とは、『先ず自分が生きる目標、目的を明確に自覚している事であり、 そしてそれを実現する為に自分を支えてくれる良質かつ強力なパワーがある事』だと思う。

車に例えると強いパワーは強力なエンジンを持つ車であり、 エネルギーの質はそのパワーに見合った足回りと制動能力などの安全性能である。
そしてエンジンがたとえ有り余る力を持っていても、どこに行くかと言う目的が無ければただいたずらにその辺を走り回る暴走族と変わりが無い。

強力なパワーを持つ高性能な車は、どこに行くのか、何のために走るのかと言う明確な目的を得てこそ、安全に快適に、 そして早く目的地に私を運んでくれることが可能となる。

明確な目的さえあれば、自分は必ずそれを実現できると言うパワーの裏づけ、これこそがまさに本当の自信なのだと私は考えている。

この点には年齢や性別や、職業や経験などには一切関係が無く、もちろん地位や資格などにも全く関係が無い。

本当に大切なのは明確な到達点と、強力かつ良質なパワーの裏づけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年06月05日

自信とパワー−1

《本当の自信について》

ひょっとしたらこの自信というものについては、以前このブログで触れたかも判らないが、時期が変わると視点も変わるので、 あえて触れて見る事にした。

私は自分がハイパーレイキのセミナーを実施する時に、受講者の方に時々この話をする事がある。
先ず「貴方にとって自信とは何ですか?」と訊ねるのだが、それぞれに返って来る回答は違う。
ある人は仕事上の実績のようなものを自信だととらえているし、またある人は自分の持つ技術的な要素を自信だととらえている。 またある人は健康こそが自信だとも言う。

この他にも経済的な豊かさを自信だととらえる人もいるだろうし、或いは社会的な地位を自信だととらえる人もいる事だと思う。

しかし私はこの自信の最も基礎的かつ重要な要素を、自分の持つ気=A即ちパワーの質と強さだと理解している。
例えばかつて私がそうであったように、武道などで肉体的な鍛錬を積んだ人の中には、肉体的な強さが自信の大部分であると感じている人も多い。
しかしこれはある程度の年齢までで、肉体的な衰えと精神的な成熟との兼ね合いから、 肉体を越えた目に見えない何かに関心を寄せるようになる人も多い。

但し一部の武術愛好家や武道家の中には、実際以上に気≠フ神秘的な部分に憧れて、必要以上に気 に何かを求めようとする傾向も見られるが、それはある種の偏りであり、あくまでも気 の住みかである鍛えられ整えられた肉体が重要である事には間違いがない。
要するに肉体的な鍛錬は幾つになっても必要であり、気≠重視するあまり肉体的な鍛錬をおろそかにする事は間違いである。

武道家の話はさておき、一般の人の場合でもよく整えられた肉体と言うものは、気≠云々する以前に重要である事は間違いが無い。
ここではその整えられた肉体あっての気≠ニ言う話になるのだが、要するにこの気≠フ質が悪く強さが低下していれば、 核心から自信を持つ事が困難となる。

この辺の話はレイキやハイパーレイキだけではなく、人生全般において重要となるので、 私の経験も踏まえて何回かに分けて解説していくことにしたい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年05月20日

講座の案内など

ハイパーレイキ®で、定期講座以外の講座日程が決まりました。

@『フォローアップ講座』

受講要件:ハイパーレイキ第2段階以上修了
開催日時:08年07月12日(土)14時より
開催場所:大阪中央セミナールーム(大阪市中央区淡路町2-1-10ユニ船場207号室)
受講費用:5,250円(税込)

A『願望実現講座』

受講要件:同上
開催日時:
08年07月26日(土)14時〜20時
08年07月27日(日)10時〜17時
開催場所:同上
受講費用:52,500円(税込)
 上記講座に参加を希望される場合は@A共にメールまたはFAXで有限会社東洋物療研究所まで申し込んで下さい。 費用の納入は@は当日払い可、Aは事前振込みが必要となります。

以上がフォローアップ講座と願望実現講座の案内です。

またハイパーレイキ®の第2段階までを受講し、ハイパーレイキ®協会への入会手続きをとられた方へは、 すでにハイパーレイキ®のニュースレター『ハイパーレイキ®通信』の発送が終了しました。
一部メール等で入会を希望されながら入会書類を送られていない方には発送されていません。
入会金は不要ですが、年会費は1,500円(会員証の発行を希望される場合は+300円)です。

未手続きの方で、ハイパーレイキ®第2段階修了以上に該当し、 関心のある方は入会書類を本部まで請求してください。

今回のニュースレターの特集は『シンボルを活用する』です。

 

 

 

 

 

 

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2008年04月25日

気≠補うこと

《気≠フアンバランス》

まもなくゴールデンウィークがやってくる。
学生の頃からどうもこの季節は苦手で、俗に言う5月病で何事においてもやる気が減退してくるのが常である。
これはやはり陽気の変動に関連するようだが、しかしどうも私の体内では外の陽気の変動に体内の気 のバランスが適応していない為に一時的にこのような状態になるのだと考えている。

こう言う場合レイキのハンドヒーリングなどの方法で外から気≠補うと言うのは優れた対処法だと考えられる。
気≠ニ自律神経の関係についてはきちんとしたデータがある訳ではないので、あくまで私の経験からの話になるが、 春のように大地の陽気の活動が活発になると、体内の気≠ヘ上に上がり、いわゆる上実下虚の状態になる。
普段から交感神経の緊張が優位な私の場合はさらに交感神経の緊張状態強くなり、いわゆる自律神経の失調を来たすようである。

こんなときに外から気≠補う事で下虚の状態が改善され、 副交感神経の働きが活発となって精神的な不安定さも改善されて行く様である。
また日常的に副交感神経が優位な人も、全身的な気≠フバランスがとられてくると考えられる。

単に病気であるとか、体調が悪いから手を当てると言うだけではなく、 精神的な不調などの場合もレイキなどを使って手を当てると言うことは大いに推奨される。
もちろんこの場合、シンボルをどう使うかは重要な事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年04月10日

逃げると言う事とエネルギーの質

《逃げた方が得か》

時々自分の周りで目に付くケースで、都合が悪くなったら逃げ出す人と言うのがある。
これは全てが悪いと言う訳ではないが、自分が不義理をしてその状況に居辛くなると、何やかやと理由をつけてそこから立ち去ろうとする。 と言えば判りやすいだろうか?

会社の中で例えると、ある社員が社内でルール違反をして抜け駆けをする、 そしてその事を上司に指摘されるとその場しのぎの言い訳でごまかしてその場を繕う。
しかしそれで何かの事実が変わるわけではないから、その社員は上司から信用を失う訳である。

当然上司の態度は今までとは変わってくるから、段々とその会社に居辛くなって来る。
そこである時期にもっともらしい理由をつけてその会社を辞めるのである。

前の会社は待遇が悪いとか、上司が悪いやつだと言う理由で別の会社に移るとか。

前の会社では自分の理想は得られないから、自分で独立して新しいビジネスを起こすとか。

とにかく何かの建前を振りかざして出て行くのである。

真実がわからない回りから見ると、これは非常に前向きな行動と写るかも知れないが、 しかし真実は自分が蒔いた種を刈らないままで逃亡すると言う事になるのである。

何故このブログでこんな事を取り上げるかと言うと、実はエネルギーの質に関わる問題だからである。

こう言う結末の付け方をすると、上辺はごまかせても自分の潜在意識の中では、 自分が嘘つきで都合が悪くて逃げ出したと言うラベルをずっと剥がせないままでいる事になる。
実はこの事が将来に渡って自分の足を引っ張る事になるのである。

昨日もそう言う類の人と話をした。

少し金銭が絡む複雑な話なので、詳細は省略するが、ここで相手の人は、現実にあった事を平気で知らないと言い、 自分が何人かの人の前で言った事を、また平気で言わないと言いはるのである。

ある程度古い話なので、忘れたと言うのなら判るが、言わないと断言する事は明らかにその場の会話から逃れるための嘘であり、 意識的に放たれた言葉である。

またこの人は私だけではなく、多くの人に対してこう言う嘘を積み重ね、 自分の不都合な事から逃げていく人生を繰り返している人なのである。

本人にすれば逃げおおせれば勝ちだとの思いがあるのだろうが、相手と表面的な縁が切れても自分の潜在意識の中では嘘を重ねたり、 逃げる事を繰り返したりしている不合理さが積み重なっている。
この不合理さが自分のエネルギーの質を歪めていくのである。

エネルギーの強さにこだわる人は多いが、エネルギーの本質にこだわる人は少ない。

徳を積む事がエネルギーの質を高めると道教では説くが、 逆に自分の潜在意識に蓄積された自分の不徳がエネルギーの質を低下させる事も知らなければならない。

《嫌な事から逃げると、もっと嫌な事が真正面からやってくる》

そしてもっと困った事に、この潜在意識の中で自分が自分の行動が原因で張ったラベル (この場合は都合が悪くなったら逃げるとか嘘をついてごまかすとか言う自己評価)が原因で、さらに逃げなければならない場面や、 嘘をつかなければならない場面を自分に引き付けて行くのである。

もし人生最後まで逃げおおせるのならそれもまた人生なのだが、最後には嘘をつききれない、或いは逃げおおせない場面が必ずやってくる。

なぜなら自分のエネルギーの質がどんどんとそう言うモノを引き寄せて行くからである。

そうなったら怪しげな宗教に頼ったり、得体の知れない何かに縋ってもどうにもならない。

結局は迫り来る問題に、正面から立ち向かおうとしなかった報いを受けるからである。

人間に過ちは付き物である。

しかし自分の犯した過ちをきっかけにある人は学び、立ち直り、そしてより強くあるいは優しくなるのであるが、ある人は嘘でごまかし、 逃れてまた同じ過ちを繰り返していくのである。

この両者のエネルギーの質に大きな違いがある事、これは至極判りやすい事だと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

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2008年03月25日

ハイパーレイキ本部からの連絡事項

《@東京城東支部の活動終了と廃止について》

ハイパーレイキ(R)東京城東支部は木村支部長の都合により、本年3月末をもってその活動を終了し、支部を廃止します。

これに伴い、暫定的に東京城東支部の担当エリア(関東地区一円)に関する業務は本部が継承すると共に、 当該支部において受講された方のフォローアップや、また当該エリアにおいて今後ハイパーレイキ(R)の受講を希望される方に対しては、 本部または他の支部にて受講いただくか、もしくは今後東京において開催される予定である、ハイパーレイキ(R) 東京セミナーを受講いただくことになります。

但し、現在東京地区にハイパーレイキ(R)の事務局を設置準備中ですので、現時点で関東地区の方がハイパーレイキ(R) を受講される場合は、本部または仙台支部、または岐阜支部で受講していただく事になります。

特に関東地区に居住される方が本部での受講を希望される場合は、交通費の補助として受講料の減額を行う場合がありますので、 詳細は本部までお問合せ下さい。

《Aハイパーレイキ(R)協会会員募集について》

ハイパーレイキ(R)の第2段階以上を、本部または各支部にて受講された方に対して、ハイパーレイキ(R) 協会の入会案内をお送りします。ご入会の主な特典は、ハイパーレイキ(R)の各テクニックについてを紹介したニュースレターの定期発行及び、 フォローアップセミナー、または関連セミナーのご案内等です。
3月末までにお手元にご案内の郵便物等が届かない場合は、お手数ですが本部まで『ハイパーレイキ協会入会案内』をご請求願います。

以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年03月10日

春になると-2

《陽気と心の動き》

さて前回は、春になると陽気の働きが人間にも影響を与えると言う話をしたが、私などはこの時期吹き出物が多くなって来る。
冬の間は特に気になる事はないのだが、この時期ある頃を境に、頭の中や顔などに吹き出物が出だす。
その時はすぐに原因が判らなくて、何か食べ過ぎたのかな?とか何か精の強い物を食べたのかな?とか悩むのだが、やがて 「ああそうか春が来たのか」と思って納得する事が多い。

この辺は美容関係の方もそう言われるので、やはり肌などが荒れたり注意を要する時期でもあるのだろう。

ところでこの季節、心の動きについて少し考えて見よう。

かつて私が精神療法に重点をおいていた頃、この時期には随分とややこしい問合せが多かった事が思い出される。
ところが面白い事に、クライアントが増えるのではなく、訳のわからん問合せが増えるのである。

具体的な内容は忘れたが、他の時期には無いような訳の判らない電話が多くなる時期なのである。
症状で言えば躁鬱症状を抱える人の、躁の状態がひどくなると言えば適切だろうか。

これを気≠ニ言う点で考えると、下から急に陽気が上がってきて脳の中の気 の巡りがよくなりすぎて普段そうでもない人も軽い躁状態になる。と言った感じだろうか?

こう言う人達が何だかおかしい自分に気付いて、電話帳を見て精神療法をやっているところに電話をする。
普通の医療機関だとまともに相手にされないのが判っているから、民間療法や代替療法で精神療法をやっているところを探して電話をかけまくる。
で訳がわからない状態の人が訳がわからない不安に駆られて電話してくるから、言ってる事も訳がわからない事が多い。
最初は真剣に聞いているのだが、そのうちこう言う電話が多きくなるのは季節的な現象だと言う事が判る。
また考えて見ると、こう言う冷やかし半分の電話の相手がまともにクライアントになったと言う記憶は全く無い。

私は20年近く前に躁鬱で苦しんだ事があるので、躁鬱の精神的な変動についても体験として持っているが、病気とまでは行かなくても、 今まで冬の寒さで落ち込み勝ちだった気分が春になる事で開放されるようにポジティブになるのは多かれ少なかれ多くの人が体験するところだろう。

面白いのは気温の上昇だけではない、例え気温はまだまだ寒くとも、 大地の陽気の活動は徐々に活発になり植物や昆虫や人間も多かれ少なかれその影響を受ける。それを説明したのが『啓蟄』である。


そもそも『啓蟄』とは二十四節気の1つ。3月6日ごろから春分までの期間を言う。
太陽黄経が345度のときで、大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころで二月節。「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、 穴をひらき出ればなり」と言われている。つまり柳の若芽が芽吹き、ふきのとうの花が咲く頃である。
忘れてならないのは、虫や植物だけではなく、人間も影響を受けると言う事であり、陽気の変動は人体内の気≠動かす。

しかし生活環境や生活様式の変化で人間が大地の気≠ゥらどんどんと離れた生活をしていくと、今後どうなっていくのだろうか?
見栄えだけの野菜や果物の様に、本当に中身の無い上辺だけのカスの様な人間が今よりもっと一杯になるのだろうか?
エネルギーの無い、カロリーだけのジャンクフードを食べ、大地の気≠フ恩恵の届かない高層マンションでまともに運動もしないで、 ゲームの刺激で脳が育てられているような人間が大半を占めるようになった時、 恐らくこの国は今から思えばエイリアンに占領された様に見えるのだろう。

そう言う事態を考えると、私の頭の中に出来ている吹き出物にも、感謝をしなければならないと思う。



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年03月07日

春になると-1

《陽気発動》

「春は名のみの・・・」と言うけれど、日差しだけは春を感じさせる日が多くなってきた。
先日も仕事で里山の中にある学校に行っていたが、窓から見える空と日差しは春そのものだった。

しかし仕事を終えて外へ出たとたんに、風の冷たさに飛び上がる思いがした。

さて気≠ニ言うものは四季と密接に結びついていると考えられるが、特に春と言う季節は気≠フ変動が激しいものである。
特に春と言う季節と気≠ニの関わりを示す言葉には、『木の芽障り』とか『春眠暁を覚えず』と言った言葉が知られているが、『木の芽障り』 は木の芽が吹き出る頃に体調を崩す事を言い、『春眠暁を覚えず』は春になると冬の寒さの為とはまた違って、 朝が起きにくい状態を言うのである。

気≠ニ言う視点で考えると、この両者はいずれも春に大地の気≠フ変動が大きくなる事が原因だと思われる。

大地の気≠フ変動が大きくなると、これに呼応して、人気(にんきでは無くじんきと読む)も影響を受け、体
内の気≠フ動きが活発になる。
これらの影響で人によっては体調に変化をきたしたりする事があるが、これが『木の芽障り』とか『春眠暁を覚えず』 と言う具体的な状態として説明されている訳である。

こう言う反応を起こす人と起こさない人がいるが、四季の変化による気≠フ変動に全く呼応しない人と言うのは、ひょっとしたら気 から断絶した状態の人なのかも知れない。

やはり時代が変わり、生活環境が大きく変わったとしても、我々人間は大地の気≠フ恩恵を計り知れないほど受けているのであって、気 から離れれば離れるほど何らかの問題があると私は考えている。

町で売っている食べ物一つを取って見てもそれが言える。
今やお金さえ出せば年中違う季節の野菜や果物が食べられる。
ところが旬のものと言うのは見てくれが同じなら中身も同じかと言うと、けっしてそうでは無い。
つまり四季の大地の陽気が最も盛んな時に、その陽気を取り込んで成長しているのが旬のもの≠フ特徴なのである。

従ってそれらの旬のものに含まれる気≠ヘ『飲食の気』或いは『水穀の気』と言われ、食べ物の中に含まれる気≠ニして我々の気 を補ってくれる。

しかし形だけで中身の気≠フ抜けた食物では気≠補う事が出来ない。
最近の野菜などは、昔と比べて10分の1以下まで栄養価が下がっていると言われているが、気 が抜けておまけに栄養価まで下がった野菜や果物を、高い金を出して買うと言うのはまさに馬鹿げているとしか言いようがない。
それでも多くの人は見栄えの良い野菜や果物に好んで高い金を払う。

でも中身の無い形だけなのは野菜や果物だけでは無く、人間だって同じ事が言える。
私には中身の無い形だけの人間がどんどん増殖している様に思えて仕方が無いのだが、実はそれは人間が大地の気 から遠ざかっている事と何か関わりがあるのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年01月22日

セラピーとプライバシー

《セラピー(カウンセリングを含む)とプライバシー》

昨日今日のニュースや新聞でスピリチュアルカウンセラーを自称する輩の出演するキワモノ番組? でクライアントを傷つけたことが問題になったとして報道されていた。

これはたまたま番組を放送したフジテレビの倫理が問われた訳だが、しかし本質的な問題はそれだけではない。
むしろカウンセリングの内容や事例を売り物にしているその自称スピリチュアルカウンセラーの方に問題があると考えられる。
結論から言えば、 他人の究極的なプライバシーに関わる内容をたとえやらせだとしても公共の電波で流すなどと言う行為はセラピストとして決してあってはならない行為なのである。
それをテレビなどの電波に乗せて放送すると言う行為は、本当のセラピストやカウンセラーならするべき行為ではない。 いくらテレビ局からこんな番組をやりたいので、と言われても内容によっては断るのがまともなセラピストやカウンセラーだろう。

私のハイパーレイキを受講される方の中には、カウンセリングや他のセラピーと言われる行為をされている方が少なからずおられるが、 やはり職業、ボランティアを問わず、個人のプライバシーに関する内容については基本的に外に出さないのが原則だと言う事を考えて欲しい。
もし書籍や記事などにするのであれば事例に基づいて創作されたものを公表するくらいの配慮が必要だと思う。
よく他のレイキなどでも広告手法として『受講者の声』などと言うものをこれ見よがしに挙げているサイトがあるが、 いくら受講者の同意があったとしても私は基本的にそう言う方法を好まない。
その理由としてはレイキなどのセミナーや講習は、他の物販行為とは根本的に違うと言う認識があるからである。

この辺はこだわりだといわれるかも知れないが、元々が医療従事者である私は患者の秘密を守る(守秘義務) と言う事をとても大切な事だと考えている。
ハイパーレイキのセミナーでも、ハイパーレイキを活用してパーソナルコーチングも行うが、 やはりこれはあくまで個人セミナーだから出来る事であり、その内容の如何を問わず第三者に公表されるべきではない。

今から10年以上前に、一度私にもテレビ出演の依頼が制作会社を通して来たことがあったが、その企画内容を聞いて断ったことがあった。
その企画の中に催眠をキワモノ的に扱おうとするセラピストとしては受け入れがたい部分があったからである。

番組制作者の認識なんていい加減なもので、面白ければ何でもありなのである。
そしてセラピーやカウンセリングの内容を売り物にしてテレビの寵児になるなどと言うのは、 プロのセラピストから見ればその存在自体が論外なのである。
もしその自称スピリチュアルカウンセラーにプロとしての認識とプライドのかけらでもあるのなら、 当然テレビ局や番組制作者にセラピストやカウンセラーとしての倫理観を指導するくらいの事はして欲しいものである。

どうもそのカウンセラーと大ボラ吹きの占いばあさんがダブって見えるのは私だけなのだろうか?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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