《リーダーシップについて》
今回、吉本のタレントが起こした不祥事に起因して、彼が所属していた、 これもタレントの萩本欽一氏が率いる野球チームを解散するのしないのという騒動が起こり、結局解散しないと言う事に決着したようだ。
不祥事に関してはあの身内に甘い吉本がクビにするくらいだから、よほど程度が悪かったのだろうが、 もっと問題だったのは萩本氏のチーム解散発言だった。
一言で言えば彼はリーダーではなく、人の上に立つべき人間ではなかった。
それが今回の彼の言動で露呈してしまったと言う事だろう。
いくら自分が多大な犠牲を払って作ったチームだったとしても、一旦チームが出来て人が集まり、 それにかける人間が出てきだしたら最早一個人の判断で簡単に潰せるようなものではない。
それがプロであろうとアマチュアであろうとそんな事は関係が無い。
恐らく彼がとった行動と言葉に対して、大きな幻滅を感じたチームメイトや関係者は多かったと思う。
まさに彼の思い上がりと公私混同以外の何ものでもない行為であり、所詮欽ちゃんは欽ちゃんでしかなかったと言うことである。
知名度が高いといつの間にか人格的にも優れていると錯覚を与えたり、 あるいは知名度のある人がそう言うチームを作ったりすると当然リーダーシップも持ち合わせていると勝手に一般人が錯覚をしてしまう。
ところがリーダーシップと言うのは勝手に身につくものではないし、また本を読んだりセミナーを受けても簡単に身につくものではない。
以前ロバート・キヨサキが自著の中で自分が軍隊に志願して入ったのは、リーダーシップを身につける事が目的だったと書いていたが、 ひょっとしたらそう言う目的で期間を限って軍隊に身を置くと言う事はリーダーシップを身につける為には有効かも知れない。 但し軍隊生活もあんまり長くなりすぎると娑婆に出てから適応出来ないからこれはこれで問題なのだが。
リーダーシップを身につける為にもっとも大切な事は、モデルとなる優れたリーダーの近くにいて直接学ぶ事である。
以前何度か企業向けのリーダーシップトレーニングと言う14泊15日のセミナーのトレーナーを務めた事があったが、 それを企画している会社の社長がリーダーシップのモデルから最も遠い人だったので、非常に説得力も中身もないセミナーだった。
トレーナーとしての私の担当は、直接リーダーシップとは関係の無い分野だったので、傍観者的に割り切ってトレーナーを務めたが、 受講された方の中にはきっと不満をもった人もいた事だろう。
今考えればそこで、同じくトレーナーとして来ていた、例のウォーキングのDさんと知り合ったのだった。
いずれにせよ、欽ちゃんもこれを機会に監督を辞めて、オーナーに徹すればよいのにと思う。
私は一旦リーダーとしての信頼を失った監督の率いるチームが、精神的にまとまると言う事は最早不可能に近いと思うからだ。
欽ちゃんのあの記者会見に不快感を覚えたのは私だけじゃなかった。