2008年06月24日

意識の変革について

《気付きと悟り》

一昔前、『気付きのセミナー』と言うのが流行った事があった。
時期で言うと20年以上になると思うので、恐らくまたそう言う類のセミナーのようなものが流行ってくるかも知れない。

ところで案外知られていないのが、気付きと悟りについてである。

要するに悟りと気付きは同じ意味を持つものである。

こう言うと「それは違う」と言う人がいるかも知れないが、しかし屁理屈はどうでも、両者は極端に言えば同じものである。

但し気付きの中には大きな気付きもあれば、小さな気付きもある。

例えば学生時代にどうしても解けなかった数学の問題が、 何度かリトライを繰り返しているうちにハット解けた経験を持つ人も多いだろうが、これも一つの気付きであり悟りでもある。

また仕事上の大きな問題を抱えていて、長期間悩んでいるときあるきっかけでふと打開策を得られた時、これも気付きであり悟りである。

当然数学の問題が解けるのと、仕事上の大きな問題が解決出来るのとはスケールが違うから、 この二つの気付きは小さな気付きと大きな気付きとの差がある、と言う事になる。

《気付きは蓄積される》

色々な人の中には、同じ過ち(失敗?)を繰り返しながら生きている人がいる。

しかし失敗から学べる事も沢山あるので、失敗と言うのは人生にとって有意義な結果につながる事も多い。

世の中には一見失敗と思われる事から悟り、それが糧となって成功につながった経験を持つ人は多い。

また失敗するしないに関わらず、小さな悟りが積み重なる事で大きな悟りを得る人も多い。

実際人生の多くの場面では、突然雷鳴に打たれるような大きな悟りを得られると言う事は殆ど無いだろう。
もちろん無いとは言い切れないから、それは個人個人の人生に委ねるとしよう。

しかし多くの場合は、一見些細な気付きや悟りがあって、それが積み重なる事で自分の意識に変化をもたらしていく。

これは私の子供が小さいときの話だが、当時幼稚園くらいだった下の子に自転車の乗り方を教えていたときの事である。
何度も何度も失敗しながら自転車の練習をしていたその子が、突然後ろを持たなくても自転車が自分で乗れるようになった。
それを見ていた二つ上の子が突然「人間はある日突然出来るようになるんやな〜」と言い出した。

今まで何度も何度もこけたり、泣いたりして全く乗れなかった下の子が、突然自力で乗れるようになったのを見て、 まさにそう言う風に写ったのだろう。

しかし実際は練習を繰り返し、転倒を繰り返した体験の積み重ねが、ある時忽然と自力で乗れると言う境地に導いてくれたのである。

《意識の変革について》

これは人間の意識の変革にも結び付けて考える事が出来る。

要するに小さな気付きや悟りが積み重なってくると、ある時本当に些細な事がきっかけとなって、大きな意識の変革(大きな悟り) がやって来る事がある。

この小さな気付きや悟りには、先ほども述べた失敗などの全ての体験が含まれているのである。

気付くか気付かないかはその人の心がけと心構え次第。

常に自己の向上を心がけている人は、自分にとって善い事も悪い事も分け隔てなく、自分や自分の周りに起こった出来事を受け入れ、 それを糧とするだろう。

しかしご都合主義の人は、自分の尺度だけで物事の良否を決めて、都合の良い事だけを受け入れようとする。

また否定的な感情の持ち主は、自分に起こった否定的な出来事に囚われて、常にそう言う出来事を恐れ、 そしてそう言う出来事を自分自身に引き寄せる。

実は善い事悪い事と言うのは見方だけの問題で、どう捕らえるかはその人次第なのである。

ご都合主義で生きるか、否定的な感情に支配されて生きるか、それとも森羅万象の全てをわが糧として生きるかはその人次第であるが、 私は最後の行き方を選んでいるし、またそう言う人達と共に生きて生きたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 13:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

自信とパワー-2

《生きる事の裏づけとなるもの》

私達が生きて行くと言う事は一体どういうことなのだろうか?

例えば先日東京秋葉原で起こった無差別殺人の犯人となった人物など、ああ言う人生の結末に至るまで、 一体どのような人生を送ってきたのだろうか?

もし彼に漠然とでも『生きがい』と言ったものあればが、恐らくあんな事件を起こさなかったのではないだろうか。
恐らく彼にとって彼の存在自体が価値の無いものだったに違いない。

確かに『生きることの意味』や『生きていく事の裏づけ』と言ったものは、全ての人が明確に持っている訳ではないと思う。

私は常に「ハイパーレイキは単なるヒーリングや治療の手段では無い」と言い、また「ハイパーレイキは自助と自立と自立を助ける道具である」 と明言しているが、このハイパーレイキが自助、自立の手段として活用できる為には、 そこに自分が生きる事の裏づけとなる明確な目標や目的が無くてはならない。

そして今、現在、明確な目標、目的が無ければそれを見出す事が目標となる。

人それぞれに生き方が違うから、一概に目標、目的の質や内容を論ずる事は難しいが、建前の立派さはさておき、 本音の部分では単なる金儲けだけを目的として、金さえ儲かれば、金持ちになれるのだったら何だってやるぞ、と言う事を目標にする人と、 自分の仕事や存在を通して少しでも人や社会の為に貢献しよう、と願う人では当然生き方のクォリティに大きな違いがあろう。

それでもただただ、その日暮らしで生きる事に追われて無目的な一日を終えるのと、 少しでも目的や目標に向かっての一日を終えるのとでは大きな違いがある事だろう。

私が考える自信とは、『先ず自分が生きる目標、目的を明確に自覚している事であり、 そしてそれを実現する為に自分を支えてくれる良質かつ強力なパワーがある事』だと思う。

車に例えると強いパワーは強力なエンジンを持つ車であり、 エネルギーの質はそのパワーに見合った足回りと制動能力などの安全性能である。
そしてエンジンがたとえ有り余る力を持っていても、どこに行くかと言う目的が無ければただいたずらにその辺を走り回る暴走族と変わりが無い。

強力なパワーを持つ高性能な車は、どこに行くのか、何のために走るのかと言う明確な目的を得てこそ、安全に快適に、 そして早く目的地に私を運んでくれることが可能となる。

明確な目的さえあれば、自分は必ずそれを実現できると言うパワーの裏づけ、これこそがまさに本当の自信なのだと私は考えている。

この点には年齢や性別や、職業や経験などには一切関係が無く、もちろん地位や資格などにも全く関係が無い。

本当に大切なのは明確な到達点と、強力かつ良質なパワーの裏づけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 20:56| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月05日

自信とパワー−1

《本当の自信について》

ひょっとしたらこの自信というものについては、以前このブログで触れたかも判らないが、時期が変わると視点も変わるので、 あえて触れて見る事にした。

私は自分がハイパーレイキのセミナーを実施する時に、受講者の方に時々この話をする事がある。
先ず「貴方にとって自信とは何ですか?」と訊ねるのだが、それぞれに返って来る回答は違う。
ある人は仕事上の実績のようなものを自信だととらえているし、またある人は自分の持つ技術的な要素を自信だととらえている。 またある人は健康こそが自信だとも言う。

この他にも経済的な豊かさを自信だととらえる人もいるだろうし、或いは社会的な地位を自信だととらえる人もいる事だと思う。

しかし私はこの自信の最も基礎的かつ重要な要素を、自分の持つ気=A即ちパワーの質と強さだと理解している。
例えばかつて私がそうであったように、武道などで肉体的な鍛錬を積んだ人の中には、肉体的な強さが自信の大部分であると感じている人も多い。
しかしこれはある程度の年齢までで、肉体的な衰えと精神的な成熟との兼ね合いから、 肉体を越えた目に見えない何かに関心を寄せるようになる人も多い。

但し一部の武術愛好家や武道家の中には、実際以上に気≠フ神秘的な部分に憧れて、必要以上に気 に何かを求めようとする傾向も見られるが、それはある種の偏りであり、あくまでも気 の住みかである鍛えられ整えられた肉体が重要である事には間違いがない。
要するに肉体的な鍛錬は幾つになっても必要であり、気≠重視するあまり肉体的な鍛錬をおろそかにする事は間違いである。

武道家の話はさておき、一般の人の場合でもよく整えられた肉体と言うものは、気≠云々する以前に重要である事は間違いが無い。
ここではその整えられた肉体あっての気≠ニ言う話になるのだが、要するにこの気≠フ質が悪く強さが低下していれば、 核心から自信を持つ事が困難となる。

この辺の話はレイキやハイパーレイキだけではなく、人生全般において重要となるので、 私の経験も踏まえて何回かに分けて解説していくことにしたい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 10:49| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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