2007年08月28日

再び犬の散歩の事

《犬の散歩は社会悪だ》

確か去年のブログにも、犬の散歩で糞を撒き散らす飼い主が多い事を書いた。

これは全ての犬の飼い主に当てはまる訳では無く、ちゃんと糞を持ち帰って自宅で適正に始末している人も沢山いる訳である。

ところが犬の散歩中の小便についてはどうだろうか?

今朝のニュースで犬の小便が原因でカーブミラーの根元が腐食して倒れ、子供が怪我をしたと報道されていた。

果たして日本国内で、犬の散歩中に小便を持ち帰る人がいるだろうか?

先ずいないだろう。

しかし確実に毎日日本中で犬の小便はまき散らかされている。

 

《私も犬は大好き》

こんな事を書くと、「あいつは犬が嫌いなんだろう」と言われるかも知れない。

ところが私は大の犬好きなのである。

昨日も子供と近所に出来た新しいペットショップにウサギを見に行ったのだが、私は柴犬のケージの前で釘付けになったしまった。

元々和犬が好きで、小さい頃から犬猫と一緒に育った私としては、本当は犬が飼いたいのである。(猫は子供がアレルギーなのでだめ)

幸い住んでいるマンションはオーナーが寛大な人でペットはオーケーなのだが、散歩の手間や、 留守にするときの事を考えて飼わないことに決めている。

そして私はいくら犬が好きでも、 アスファルトやコンクリートに犬の小便を垂れ流しにして散歩させるような飼い主にはなりたくないのである。

 

《犬の小便垂れ流しは犯罪だ》

人間が立小便をすると確か軽犯罪になったと思うのだが、犬の小便は何故か犯罪にならないようである。

しかし全国でカーブミラーが倒れてけが人が出だすとなると、たかが犬の小便と笑ってはいられない。

ガードレールだって、根元が腐って倒れるかもしれないし、犬の小便に定番の電柱だって化学反応か何かでコンクリートが腐食して、 日本中の電柱が傾きだすかも知れない。

やはり犬の大便放置は飼い主が懲役刑で、小便は1万円程度の罰金刑くらいにしないと、 今のモラルの欠如した飼い主達の心がけは改まらないのだろう。

法や条例で規制してくれたら、ペット専用のトレーニングジムが出来てきて新しいビジネスチャンスも生まれるだろうし。

警察も軽微な交通違反を物陰に隠れて取り締まって点数を稼ぐより、 早起きして犬の散歩を取り締まった方が効率よく稼げるようになるのに、と思うのは私だけでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 11:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月16日

超高層建築と気

《超高層建築》

最近は都心で新たな建築ブームが起こっているようだ。

それも超高層マンションなどが多いようで、東京はもとより大阪でも市内あちこちで馬鹿みたいなのっぽビルが建築されている。

中東のドバイあたりでもすごい超高層ビルが建てられていると言うから、ひょっとしたらグローバルなブームなのかも知れない。

確かに超高層と言うのは土地活用の面では有効な部分も多い。

また周辺には多くの空地を要求されるから、当然都市の緑化などにも貢献があるのだろう。

しかし住空間として考えたときにはどうなのだろうか?

 

《人の住む限界点》

都心の超高層マンションの高層階と言うのは一種のステータスになるらしい。

しかし数年前にどこかの週刊誌で特集していたのだが、超高層マンションの上層階に住む主婦に引き篭もりの傾向が出るとか、 子供の情緒不安定が多いとか言う記事があった。

そして欧米では住居に関しては徐々に中層、低層化していると言う報告も出ていた。

にも関わらず日本では都心部に超高層マンションが増加していると言うのである。

そういえば欧米ではダムを壊して、出来るだけ自然に近い状態で治水できるように改良している国もあると聞いたが、 日本では全くそう言う動きはない様である。

せいぜい計画中のダムを凍結するとかしないとかのレベルだろう。

 

住空間としての超高層建築物には何故高さの制限を設けないのだろうか?

それは人間が快適に、安定して、かつ心身ともに健康に居住できる条件に高度≠考慮していないからなのである。

確かに高度だけで言えばアンデスやチベットの高地に生活している人もいるのだが、そう言う高地に居住する人と、 超高層マンションに居住する人とは条件的に全く違う。

何故かと言えば、それは地面からの距離の違いなのである。

人間は農耕民族や狩猟民族を問わず、人類の発生以来大地に密着した生活を送ってきた。

だからこそ高いところへの憧れも生まれてきたのだろう。

 

しかし科学的に解明されていないだけで、地上からどれだけ離れて生活すると、どういう異常が、 どういう確率で発生するかと言うような研究が殆どされていないようなのである。

先の主婦の引き篭もりや子供の情緒不安定のような事が、もっと沢山データとして取られ発表されていれば、 みんなが真剣に考えるのだろう。

 

例えば『地上30階以上に5年以上、かつ1日8時間以上生活していると、癌の発生率が通常の3倍以上になる』 と言った具体的なデータである。

 

こう言うデータがきちっととれて公に発表されれば超高層マンションに憧れる人はぐっと減少するだろうし、 当然売れなくなるから建築する業者も控えるだろう。

当然人が快適に住める地上からの高度には限界点と言うのが存在するはずなのである。

まともな建築士ならこう言うことに気づくはずなのだが、施主はそう言う事を言う建築士を嫌がるだろう。

まあ山の自然の中に、醜悪なコンクリートのかたまりの要塞を作るような建築家が喜ばれるご時勢だから止むを得ない事なのかも知れない。

 

《超高層建築と気=t

気≠ニ言う視点から住空間の高度を考えると、地面から離れれば離れるほど環境は悪くなるといわざるを得ない。

大地の発する気=Aすなわち地の気≠ヘ植物や農作物を育み、家畜を育みそして我々人類をも育んで来たのである。

それも現在では大地がコンクリートに覆われている事から、その地の気≠フ恩恵もかなり低下してきている。

 

そこに地上何十階と言う様な住環境が作られ、そこで人間が生まれて育っていくような事が当たり前になっていくと、 今まででは考えられないような現象が起こってくることは疑う余地が無い。

よくテレビなどで長寿村と言われる地域の事が紹介されるのだが、多くの場合それらは農村であることが多い。

間違ってもビルの谷間の地域であったり、どこどこの団地であることは無い。

 

つまり大地と自然の順行に結びついた生活が人を長寿と健康に導くのであって、 自然から離れれば離れるほどその結果は悪くなっていく事が考えられる。

 

少なくとも私は宝くじがあたっても超高層マンションは絶対に住まない。

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 10:27| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

人生航路

《太平洋一人ぼっちに見る目標達成の法則》

昨日ケーブルテレビで、市川昆監督、石原裕次郎主演の『太平洋一人ぼっち』を観る機会があった。

ちょうど自分のトレーニングの予定時間だったのだが、たまたまついていたテレビに石原裕次郎が出ていたので、何気なく観ていると、 私の知っている裕次郎の映画とは全く違った流れなので、ついつい見入ってしまった。

ストーリーは裕次郎扮するヨット好きの青年が、親の勧める進学を拒み、家業を手伝いながらコツコツと金を貯めてヨットを別注し、 サンフランシスコを目指して単独航海に出ると言う内容だった。

 

つい見入ってしまった原因の一つは、裕次郎が大阪弁のセリフをしゃべっていた事にもあるのだが、ストーリーが進んで行く内に、 主人公が大阪出身の堀江 謙一さんである事が判って来た。

時代は1962年である。(映画では1963年になっていたように思ったが)

ちょうど小学生だった私は、テレビで堀江さんがマーメード号に乗って単独で太平洋を横断したと言うニュースを見た記憶もあり、 また殆ど裕次郎が一人で演じていると言う珍しさもあって、殆ど画面に釘付けになっていた。

 

小さなヨットで大阪港を夜陰に紛れて出航するまで、彼はコツコツと準備を整えて行く。

太平洋を横断するために必要な知識を吸収し、ヨットの操舵技術を学び経験を積む。

また航海に必要な機器を少しずつ整えて行く。

そして航海途中に起こりうるあらゆる場面を想定して、その対応の準備をする。

また航海の日数を割り出し、途中の生命維持に必要な物や、生活に必要な物を事細かにリストアップして整えて行く。

航海の途中何度も嵐や台風に見舞われるが、何とかそれらを乗り切り、その難局を乗り切るごとに、彼には余裕が出てくる。

これこそが経験のすごさなのだろう。

 

やがて目的地のサンフランシスコ(http://www.sf-japan.or.jp/) に夜中に到着するのだが、ここでも彼は慌てず、安全に寄航出来る様に朝になるのを待つのである。

 

妹役の浅岡ルリ子の可愛さ(当時)や、田中絹江、森雅之、などのキャストもそうなのだが、 私は始めて石原裕次郎の役者としての素晴らしさを観たように思った。

また日本にもこんな映画を撮れる人が居たのだと言う市川昆監督に対する敬意も持った。

 

本当にくだらない、日本の恥をさらすような映画を撮って巨匠と呼ばれている人間がのさばっている事や、 調子に乗ったお笑いタレントが面白半分に映画を作り、それをマスコミが面白おかしく取り上げる事を普段から不快に思っていただけに、 こう言う映画を撮れる監督が日本にももっと育ってくれば良いと思った。

しかし本題はそこにあるのではない。

 

この映画のストーリーそのものが、目標達成に至る原理原則を全て網羅していると言う点がすごいのである。

多くのサクセスストーリーが映画になっている。

しかしこの映画ほど目標達成のプロセスがシンプルに描かれているものも少ないだろう。

明確な目標を定め、周到な準備を積み重ね、いざ実現に向かった時には、その実現を阻む障害と命がけで闘っていく。

 

何度も自分を諦めかけながら、しかし結局は最後まであきらめないで目標に挑み続け、そして最後にはそれを達成する。

結局は最後まであきらめない者だけが勝ち残れると言う、明快な真理がそこに描かれている。

 

まさに積極的な人生とは航海なのだろう。

 

波に漂い、揉まれて翻弄されながら当てども無い人生を送る人もいれば、目標に向かって荒波を乗り越えながら人生を乗り切る人もいる。

同じ人生をどう生きるかは、その人の選択次第、心構え一つと言う事になるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by オリエンタル・メソッド at 10:32| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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